未来の価値

第 25 話


「・・・学校に?」

通うべき?突然何の話だろう?と思わず首を傾げた。
あの日彼女に「学校に通っていのですか?」と聞かれ、あの頃はまだ通えるか不確定だっため「学校には通っていません」と答えた。彼女はそれを気にしていたのだろうか?だから学校に通うべきだと伝えるために、こんな場所にまで?
本来であれば、スザクは学校に通う事は出来ない。
それはスザクだけではなく、ナンバーズの大半に言えることだ。
敗戦後日本人は、学ぶ場所も学ぶ自由も奪われた。
今エリア11にある学校はすべてブリアニアの学校だった。
学ぶ権利は与えられていたが、通学するために必要な学費が用意できないのだ。
ブリタニア人であれば免除される物もイレブンは免除されず、義務教育期間でさえ約2倍の学費がかかる。安い賃金で働いているイレブンに払えるものではなかった。
それでもゲットーでは戦前教師だった者達が子供達に勉強をと隠れて教えているが、もし見つかった場合重罪とされ、投獄された。 反ブリタニア思考を植え付ける恐れがあるため、ナンバーズが教鞭をふるうことはどのエリアでも許されていないのだ。
だから、そうやって学べる者もまた極僅かだで、六家から見放されたスザクも例に漏れず、戦前で教育は止まっていた。
そんな敗戦国の人間であるスザクに対し「17歳なら学校に通うべき」というのは何かおかしいのではないだろうか?と思うのだが、彼女の身なりや会話から、貴族の娘だろうと思っていたので、世間を知らないのだなと納得するしかなかった。
スザクは今恵まれた立場だから何とも思わないが、これを一兵卒に向かって言ったら、暴動の火種になる可能性もある危険な発言だと彼女は気づいていないだろう。

「ユーフェミア様!」

走り寄る音に視線を向けると、SPらしき人物が何人もこちらに駆け寄ってきた。恐らくは彼女の護衛で、あの日のように護衛を巻いて逃げてきたのだろう。

「あら、もう来ちゃったんですか?」

これだけの人間に心配と迷惑をかけておきながら「もう少し遅くてもいいのに」と首を傾げるだけだった。あの日も思った事だが、こうして人を振り回すことは彼女の日常なのだろう。

「ユーフェミア様!ご自分のお立場をもう少しご自覚下さい!」

護衛の女性が叱りつけた。
ユーフェミア。
ユフィと名乗った彼女の本来の名前がそうなのだろう。

「ごめんなさい。どうしてもスザクに会いたかったの」

叱りつけられ、ユーフェミアはしゅんと項垂れたあと、視線をスザクへと向けた。
すると護衛のSP達は、殺意のこもった視線を向けた。当然だ。これだけの護衛が付くようなお嬢様が、イレブンの元へ駆け寄ってきたのだ。主を誑かしたナンバーズに対し、どれほどその内心が怒りに満ちているかは言葉にしなくても解った。
だが、ユーフェミアは、そんなSP達の怒りも、スザクの心情も、周りの空気も気づかず明るい笑顔で話しかけた。

「スザク、いい学校を見つけたんです!今から行きましょう!」

そう言うと、ユーフェミアはスザクの手を引っ張った。

「え?はあ!?今からって?待ってユフィ僕は軍人で・・・」

今仕事中だと言おうとしたのだが。

「お兄様に聞きましたが、今日と明日はお休みだったのでしょう?」
「え?確かに休みだけど・・・」

確かに本来であれば今日明日は休みだ。
それを、お兄様に聞いた?
スザクの休みを把握している軍関係者に兄がいるのだろうか。

「ならば問題はありません」

にっこり笑顔で断言するので、スザクは上司であるロイドたちに無理だと言ってもらう方がいいだろうと視線を向けると、困ったようにこちらを見ていたセシルの横で、ロイドはいつになく真面目な顔を向けていた。

「ねえスザク君。君さ、そこの方が誰か解ってるのかな?」
「え?」

ロイドの問いかけに、スザクは首を傾げた。ユフィと言う名前以外、彼女の事は聞いていない。ただ、貴族のお嬢様なのだろうとは思う。
そんなスザクを見て、ああ、やっぱりねぇ。と、ロイドは言った。

「スザク君、そちらのお方はユーフェミア・リ・ブリタニア皇女殿下だよ。ルルーシュ殿下の妹君であらせられる。皇女殿下のご命令である以上、君に拒否権はないんだよね」

残念でした。

「ロイドさん、本当なんですか?」
「まあ、表に出てなかった方だから、セシルくんは知らないかな?でもさ、僕たちはシュナイゼル殿下の部下だから、ちゃんと許可を通さないといけないんだけど、ユーフェミア皇女殿下だからねぇ・・・」

お手上げだと両手をあげ、諦めと侮蔑を滲ませた声でロイドは言った。

「・・・皇女、殿下?」

つまり、皇族。
貴族ではなく、皇族。

「ユーフェミア皇女殿下。今までのご無礼の数々いかなる処分も甘んじてお受けします」

スザクは慌てて礼を取り、今までの失礼を詫びた。
その姿を見てユーフェミアは悲しそうな顔をした。

「ユフィです、スザク。そう呼んでくださいと言いましたね?」
「ですが、自分は」

その立場を知った以上、愛称で呼ぶことなど出来ない。
・・・ルルーシュとナナリーは別だが。

「敬語も止めてください。ルルーシュには敬語は使わないと聞いてますよ?」

そうだ、皇族と言う事はルルーシュと兄妹なのだ。ということはルルーシュの妹、ナナリーの姉?ルルーシュ相手に敬語を使わない事は多いが、人前ではちゃんと殿下と呼び敬語も使う。その辺の判断はスザクに一任してくれているとはいえ、こんな場面で親しい口調などルルーシュ相手でも無理だ。

「ですがユーフェミア様」
「ユフィです」

にっこり笑顔で無言の圧力をかけてくる。
彼女の場合ルルーシュとは違い、誰の前でも愛称で呼べという。
これはお願いではなく、皇族の命令。
スザクは背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、覚悟を決めた。
今は彼女と話すことを優先する。

「ユフィ。皇女である君が、何のためにここへ?」

スザクに学校に通うべきと言うためだけに、警備の人間を振り回したのだろうか。

「そうでした。急がなければいけません。スザク、行きましょう」

ユーフェミアは時計に視線を向けた後、再びスザクの腕を取った。
時刻は間もなく9時。
皇女の手を振り払うわけにはいかず、スザクは特派を後にした。


「・・・そして、ここに連れてこられました」

スザクの話に、皆はただ唖然とするしかなかった。
ユーフェミアに連れられ乗り込んだ車の中には、スザクの制服などが既に用意されていて、パイロットスーツからそちらに着替えるよう命令された。SP達に睨まれる中どうにか着替え、ユーフェミアが「着きました、ここが貴方の通う学校です!」と嬉しそうに言ったその場所を見て愕然とした。
見覚えのある建物。
アッシュフォード学園。
今、ルルーシュが軍人であるスザクを通わせるため、あの手この手で特例を作り、宰相に無理難題レベルの仕事を押し付けられ、連日寝る間も惜しんで大量の書類を捌き、ようやく再来週入学させられると嬉しそうに言っていた、あの学園である。

なんだろう、僕、白昼夢でも見ているんじゃないだろうか。
そもそもユフィが皇女で、特派に走り込んで来ている時点で何かおかしいよね。

そんな現実逃避を始めたのだが、SP一人に連れられ理事長室にアポも無しで入室し、ユーフェミア皇女殿下の命令だと強引にスザクを入学させた。
理事長のルーベンとしては、事前にルルーシュからスザクの入学の打診があり、再来週から通う話も聞かされている為、準備は既に整えていたから前倒しになるのは問題はないのだが、それがルルーシュの命令では無く、別の皇族の命令と言う事に戸惑いは隠せなかった。
そうして強引に手に入れた入学で、スザクは今ここにいる。
教職員にも再来週来る話はされていたため、スザクはスムーズにリヴァルとシャーリーのいるクラスへと向かう事が出来たのだ。

「・・・やってくれたわね、ユーフェミア様・・・」

はあ、と、大きなため息を吐いた後、ミレイは携帯を取り出し何処かに電話をかけ始めた。繋がった先はどうやら理事長らしく、詳しい説明を求めていた。

「・・・なあ、俺、良く解らないんだけどさ、スザクをここに入れるのに、ルルーシュの奴すげー苦労してるんだよな?」
「うん。今日のキョウトと明日オオサカに行くのも、僕を学園に通わせる条件を片付けるためなんだ」

つまり、シュナイゼルの命令で二日間トウキョウを離れているのだ。
上位にいる皇族の所有物を借り受けるのだから、それ相応の対価を払う必要がある。ルルーシュはその対価として、キョウトとオオサカで恐らく六家の誰かと交渉をするよう言われているのだと思う。それだけでは無く書類も山ほど処理していた。それらはルルーシュに対する嫌がらせではなく、周りの目にもわかるよう対価を払わせることで、ルルーシュに悪意が向かないようにしているのだとクロヴィスは言っていた。
それでなくても多忙なルルーシュは、文句一つ言わずにそれらをこなし、昨日は嬉しそうに通学許可が出た事を報告してくれたのだ。
それがまさか、こんなことになるとは。

「ユーフェミア様も、お前のためにそれだけの事をしたってことか?で、ルルーシュよりも先にシュナイゼル殿下から許可を貰ったって事?」

わけがわからないと言うリヴァルに皆は同意を示した。
その疑問は、スザクにもあったが、どう考えても彼女がそこまでしているとはとても思えなかった。上位の皇族だから、優秀な文官を沢山抱えて自分は何もしないのだろうか。

「ねえ、ルル大丈夫なのかな?この事、知ってるのかな?」

シャーリーは不安げに呟いた。
努力して、働いて、難題をクリアし、もうじき目的が達せられる所まできていたのに、最後の最後で横取りされた。
寝る間を惜しんだ作業が、全て無駄になった。
その事を、どう思っているのだろう。
それを考えただけで、みんなの口が重く閉ざされた。

「多分、まだ知らないわ」

電話を終えたミレイが怒りを滲ませた声で言った。

「向こうで会談中なんだと思うけど、連絡がまだついていないっておじい様が言ってた。なんでも今朝、うちの制服や教材を扱うお店にユーフェミア様が突然きたそうよ」

開店前に。
警備の人間が慌てて店の責任者と連絡を取り、店長がタクシーに乗って駆けつけてきたのだという。そして、事前に軍の情報から手に入れたスザクのサイズで制服と教材を出させ、その足で特派へ向かったのだ。
・・・ちなみに、支払いは一切していない。
思い立ったら即行動がユーフェミアだ。
恐らく、今朝目を覚ました時にスザクを入学させる事を思いついたのだろう。
SP達を叩き起し、店を開けさせ、必要なものを揃えたあとはSPを撒いてスザクの元へ。そして学園に編入。全て思い通りに進み満足しているに違いない。

「こっちで用意してたスザク君の制服とか・・・無駄になっちゃったわね」

ミレイは深い深いため息と共にそう呟いた。


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